「宗教とは」

第6回発行より

「宗教とは」

宗教とは人間が人間らしく生きるために必要な、根本の教えであります。

人間が「人間らしく生きる」ということは、最も当然のことなのですが、人間は弱いが故に、ややもすれば驕り高ぶり、自己を見失って人々を見下したり、ないがしろにしたりします。

そうかと思えば些細なことから劣等感にさいなまれて、自己調整ができず、人々を恨み、平気で傷つけることさえやりかねないものです。

そのような自己に負けたものの行動や、感情の起伏から生じたものの積み重ねが、いつの間にか、大きな因縁として我が身にふりかかって来ます。

ルール(法則)

どこの世界にもルールはあります。

まず一番身近に思える交通ルールを考えてみましょう。

車は巧みに運転できても、そのルールも知らずに自分だけの都合に合わせた勝手気ままな運転をしたら一体どうなるでしょう。
これは誰が考えても明々白々です。

宇宙にも厳然たるルールがあります。

この宇宙ルールが真理であり、神のみこころであります。

万物の霊長たる人間が宇宙のルールを厳守することは、最も当然の真理であり、誇りでもあるのですが、弱い人間ほど自己に負け、このルールを踏み外しやすいものです。これが恐ろしい悪因縁を作り上げる結果となり、その償いとして、当然ながら自分自身に障りとなってふりかかってまいります。

これが人間に課せられた宇宙の真理なのであります。

もし、この世にルールがなかったら、この世は「極悪人の天国」「善人の地獄」が、凄まじい程に展開されてゆくことでしょう。恐ろしいことです。
人間にとって最も身近で、最も深い関わりを持っているこのルールが、真理なのです。

何故ならば、私達の全ては、この真理によって生かされ、支配され、守護されているからです。

真理なくして人間もあり得ないからです。

故に私達は宇宙を創造し、宇宙のルールを作り給うた、偉大なる大宇宙根源の御神様の不変の真理を人として謙虚に学び、そして謙虚に実践するように努力しましょう。この行為が、神の為、人の為となり、そして、自分の幸せとなってかえってくるのです。

 

人の道「謙虚」真心と感謝

※人間らしく生きるには謙虚でなければいけません。謙虚とは真心と感謝のことであり、真心とは神のみこころ(宇宙のルール)に素直に服従することであり、感謝とは、自分に与えられたもの全てを喜んで受け止め、そして、真の勇気と真の愛をもって、人の為に尽くすことです。

如何でしたか?

ご自分の生き方が「宇宙のルール」に即しているか否か解らない、といわれる方も多いと思います。

無理の無い事です。が、ルールは御自分が「学びたい」という姿勢になられた時、不思議にも自ずと一つ一つ教えていただけるものです。
昔の人は、自分の足で歩いて真理を求めようとしました。

熱意があれば、輝宗院や職員の方にも尋ねることができます。法則そのものも、その方の高まりによって教えていただく段階があるのです。
是非、途中で挫折されることなく、あくなき真理の追究を、自らなさって下さい。

最初はどんな疑問でもいいのです。答えを積極的に求めてみましょう。

ページトップへ